グライダー人間と飛行機人間。

こんにちは、上ちゃんです。

 

 

最近、「思考の整理学」という本を読み始めました。

著者は外山滋比古さん。

 

32年前に出版された本ですが、非常に面白いです。

まだ読書の途中ですが、思ったことを書きます。

 

 

勉強をしたいと思ったらどうするか。すると、まず、学校へ行くことを考える。年齢、性別に関係なく、新しいことを始めるには学校が一番だ。そこには教えてくれる人と本が用意されているのだから。

知識を必要とする職業が増えるにつれて、学校が重視されるのは当然であろう。

 

勉強をしたいと思ったらどうするか、から入りました。

 

ところで、学校の生徒は、先生と教科書に引っ張られて勉強する。いわばグライダーのようなものだ。

グライダーと飛行機は遠くから見ると似ている。けれど、グライダーは自力では飛ぶことができない

学校はグライダー人間の訓練校であり、飛行機人間はつくらない。なぜなら、学校では引っ張られるままに、ついてくる従順さが尊重されていて、勝手に飛び上がる飛行機は危険で迷惑だからだ。

 

 

受動的に学ぶ人間をグライダーに、自分で発明や発見をする能動的な人間が飛行機に例えられています。似て非なるもの。非常にわかりやすい比喩です。

 

 

グライダーとして優秀な生徒ほど、大学の卒業論文でのテーマ選びにおいて、途方にくれてしまう。

 

 

自分のことを思い返してみて納得します。言うことを聞きなさい、あれこれしなさい、と指図されてきました。そして、いざ社会に出て「はい、全部自分で考えてやりなさい」ときます。「急にそんなこと要求されても」となりませんか?なのに、「今の若者は自分でものを考えてやれない」と文句を言う人間が大勢います。政府に文句を言ってほしいものです。

 

 

しかし、現代は情報社会であり、グライダー人間をすっかりやめてしまう訳にはいかない。それなら、グライダーにエンジンを搭載するしかない。その方法を学校も社会も考える必要がある

なぜかというと、コンピューターという飛び抜けて優秀なグライダー能力の持ち主が現れたからである。自力で翔べない人間は仕事を奪われる。

 

 

現代ではさらに情報化が進み、今やグライダーとして優秀だったコンピューターにAIという簡易エンジンを載せたものが登場し始めています。

そうすると、ますますグライダー人間の仕事はなくなり、限りなく飛行機人間に近くなる必要があるということではないでしょうか。

それを踏まえて続きを読み進めていきます!